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願兼於業とは? 願兼於業の祈りと誓願の祈りについて

願兼於業(がんけんおごう)とは、法華経に説かれる法門です。偉大な福運を積んだ大乗の菩薩が、悪世で苦しむ人々を救うためにあえて、自身の清浄な業の報いを「捨てて」、悪世に生まれることを願い、悪世に生まれ、悪世の人と同じく悪世の苦しみを受ける、ということです。

開目抄上・御書全集203ページには、『願兼於業と申して・つくりたくなき罪なれども父母等の地獄に堕ちて大苦を・うくるを見てかたのごとく其の業を造つて願つて地獄に堕ちて苦に同じ苦に代れるを悦び・・』とあります。

業によって悪世に生まれた人と同様に、悪世の苦しみを受けるので「願いが業を兼ねる」という意味になります。

難を乗り越える信心の人にとって、悪世に生きて苦難を受けるのは決して宿命なのではなく、『人を救う菩薩の誓願』の故であるのです。

願兼於業(がんけんおごう)の法門に照らし、信心の眼で見れば、現在直面している困難は自ら願った使命であるといえます。そして、そのように確信して前進することこそ、誓願の祈りの証といえるのです。そして目下の課題に打ち勝つために、猛然と祈り挑み、自分自身が勝利の実証を示すことで、それが同じような苦しみに直面する友を励ます光となるのです。いわゆる、願兼於業の祈りとは、宿命を使命に変えていく祈りであるといえましょう。

勇気を奮い起こして、自分だけでなく人の幸福を共に祈る中で、自分の悩みを悠々と見下ろせる境涯が開かれます。大きな悩みを引き受け、大きく祈った分だけ、大きな境涯を開くことができます。気がついたら、小さな悩みは全部、包まれ、乗り越えられている。ここに煩悩即菩提の極理があるのです。

じつに大宇宙の天体が運行しゆく根源の力こそが、南無妙法蓮華経です。故に絶対勝利の唱題であり、大聖人の仰せどおりの実践でわが生命に満々たるエネルギーと勇気が湧き上がってくることは間違いありません。

「成仏の血脈」は唯一、大聖人直結の創価学会にしかありません。その創価学会で、人生の根本苦を乗り越え永遠の福徳を開く妙法を自他共に唱えながら、悩みを幸福のバネにしていく仏法の真髄を極めて参りましょう。戸田第二代会長曰く、「広宣流布に戦う以外に信心はない。こう覚悟することだ」。

今、現実に困難に直面する自身(サイト管理者)にとって、願兼於業(がんけんおごう)こそ、勇気百倍の法門です。昨晩は同志と共にしっかりと一時間の唱題の後に夜勤の仕事に向かいましたが、理屈抜きの生命力が横溢することを実感しました。迷い悩むのではなく、確信の祈りの下、最高の作戦で全てにトライすれば良いとの思いに至ることができました。