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妙心尼御前御返事全文(御書1479ページ)の背景と要旨(大意)

日蓮大聖人御書全集の1479から1480ページに掲載されている「妙心尼御前御返事」について、その背景となる事柄と要旨についてまとまています。

本抄を与えられた「妙心尼」は、駿河の国(現在の静岡県中央部)に住む高橋六郎兵衛入道の夫人とされていて、執筆の年次については建治元年(1275年)の8月とされています。

この時期に、妙心尼の夫である高橋入道は重い病にあり、夫人が尼がなったのも、夫の平癒を願ってのことと考察されます。

その妙心尼に対する、厳愛の励ましが、本抄(お手紙)の内容です。

妙法蓮華経の五字こそ全人類の病の良薬

人生にあって避ける事の出来ない『生老病死』の四苦は、根源の苦悩と言えます。これに対して、いかなる病(やまい)と言えども、それは、この「根源の苦悩の一つ」に過ぎません。

そして、日蓮大聖人は、仏が説く妙法蓮華経の五字こそ、生老病死の根源の苦悩を解決する「不死の薬」であると言われています。故に、インドや中国の伝説的な名医よりも、仏こそ、はるかに偉大な医師であると述べられています。

従って、妙法蓮華経の五字こそ、全人類の病の良薬であると明かされているのです。

このやまひは仏の御はからひか

人は必ずしも病気で亡くなるわけではなく、むしろ病気になることで『仏法を求める心が起きる』とされ、故に、高橋入道が病気になったこと自体は「仏の御計らい」であると仰せになっています。

生命を蝕む本当に重い病とは、五逆罪・一闡提・謗法であり、これを平癒できるのは、唯一、妙法蓮華経の五字をおいて他にはありません。故に、病気を機として信心に励んできた高橋入道の今世の罪障・謗法の大悪も必ず消滅して成仏することは間違いないと激励されています。

そして、死後に霊山浄土に行く途中で何か障害でもあれば「私は日蓮の弟子である」と名乗りなさいと強く呼びかけられています。そうすれば、十方の諸仏・諸天善神は高橋入道を敬い、悪鬼は逃げていくと仰せになっています。

日蓮大聖人は、このように、どこまでも師弟を貫く覚悟の信心を促して、本抄の結びとされています。

妙心尼御前御返事の全文

妙心尼御前御返事 /弘安元年八月 五十七歳御作
(以下御書全集1479~1480ページより引用)

あわしかき二篭なすび一こ給い候い了んぬ、入道殿の御所労の事、唐土に黄帝・扁鵲と申せし・くすしあり・天竺に持水・耆婆と申せしくすしあり、これらはその世のたから末代のくすしの師なり、仏と申せし人はこれにはにるべくもなきいみじきくすしなり、この仏・不死の薬をとかせ給へり・今の妙法蓮華経の五字是なり、しかも・この五字をば閻浮提人病之良薬とこそ・とかれて候へ。

入道殿は閻浮提の内日本国の人なり、しかも身に病をうけられて候病之良薬の経文顕然なり、其の上蓮華経は第一の薬なり、はるり王と申せし悪王・仏のしたしき女人五百余人を殺して候いしに・仏阿難を霊山につかはして青蓮華をとりよせて身にふれさせ給いしかば・よみかへりて七日ありて〓利天に生れにき、蓮華と申す花はかかるいみじき徳ある花にて候へば仏妙法にたとへ給へり、又人の死ぬる事は・やまひにはよらず・当時のゆきつしまのものどもは病なけれども・みなみなむこ人に一時に・うちころされぬ・病あれば死ぬべしといふ事不定なり、又このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候、病によりて道心はをこり候なり、又一切の病の中には五逆罪と一闡提と謗法をこそおもき病とは仏はいたませ給へ今の日本国の人は一人もなく極大重病あり所謂大謗法の重病なり今の禅宗念仏宗律宗真言師なりこれらはあまりに病おもきゆへに我が身にもおぼへず人もしらぬ病なりこの病のこうずるゆへに四海のつわものただいま来りなば王臣万民みなしづみなんこれをいきてみ候はんまなここそあたあたしく候へ。

入道殿は今生にはいたく法華経を御信用ありとは見え候はねども・過去の宿習のゆへの・もよをしによりて・このなが病にしづみ日日夜夜に道心ひまなし、今生につくりをかせ給ひし小罪はすでにきへ候いぬらん、謗法の大悪は又法華経に帰しぬるゆへに・きへさせ給うべしただいまに霊山にまいらせ給いなば・日いでて十方をみるが・ごとくうれしく、とくしにぬるものかなと・うちよろこび給い候はんずらん、中有の道にいかなる事もいできたり候はば・日蓮がでしなりとなのらせ給へ、わずかの日本国なれどもさがみ殿のうちのものと申すをば・さうなくおそるる事候、日蓮は日本第一のふたうの法師ただし法華経を信じ候事は一閻浮提第一の聖人なり、其の名は十方の浄土にきこえぬ、定めて天地もしりぬらん・日蓮が弟子となのらせ給はば・いかなる悪鬼なりともよもしらぬよしは申さじとおぼすべし、さては度度の御心ざし申すばかりなし、恐恐謹言。

さるは木をたのむ・魚は水をたのむ・女人はおとこをたのむ・わかれのをしきゆへにかみをそり・そでをすみに そめぬ、いかでか十方の仏もあはれませ給はざるべき、法華経もすてさせ給うべきとたのませ給え・たのま せ給え。

八月十六日 日蓮 花押

(以上御書全集1479~1480ページより引用)