ながえ孝子ブログ Blog
女川町での生活環境調査
5月7・8日、宮城県女川町の避難所へ生活環境調査に行きました。
震災から50日、物資は充足してきたものの、
トイレや風呂といった衛生環境は避難所によってまちまちで、
小さな避難所に支援の手が届かないということがないように、
民主党ボランティア室所属の議員が、実際に現地へ聞き取り調査に入ることになったのです。
私は、牡鹿半島東側の町、女川町に向かいました。

女川は、銀ジャケ・カキ・ホタテなどの養殖業とサンマ漁が主産業で、
港沿いに並んでいた水産施設、ビルなどは津波で壊滅状態。
ふと見れば、3階建てビルの屋上に、車がひっくり返ってのっかっています。
山際の高所からガレキ撤去をしている為、
港に面した中心部は、いまだ手付かずの状態です。

町役場も3階まで津波に洗われ、とても仕事の出来る状態ではない為、
高台にある第3小学校に役場機能を移し、
ガレキの撤去など懸命の復旧作業と、避難所におられる皆さんの生活の支援にあたっています。
町災害対策本部の鈴木浩徳企画課長に話を伺いました。
今も16箇所の避難所で、1627人の方々が避難生活を送っておいでです。
7ヶ所ほどの避難所をまわりましたが、電気・水道などはまだ復旧していないものの、
役場の皆さんの努力で、食事や衣類など物資はほぼ充足、
避難所には、自家発電機と衛星携帯電話が配備され、
お風呂は自衛隊の設置した風呂まで、週2回送迎バスが避難所を回り、
自分で行き来できる人は、毎日でも入浴できるとのこと。
町立病院も機能していて週1~2回は巡回診療が行われ、週2回ゴミも収集されていました。

驚嘆したのは、どこにも暮らしの達人がおられて、
学校校舎の雨樋からホースを引いてタンクに溜めて、
それを流して簡易水洗トイレにしたり、簡易シャワーを作ったり、
あるいは、かまどを作って薪をくべてご飯を炊き、
裏の山で山菜を取ってきておかずにしたりと、たくましいのです。

それと、皆さん穏やかなのです。
胸の中は悲しみが一杯でしょうに、にこやかに挨拶して下さって、
イライラも見せず丁寧に質問に答えて下さいました。

「今、一番望まれることは?」の問いには、皆さん、「仮設住宅に早く入りたい」とのお答え。
申し込みはしているが、いつになるか目途はたっていないそうです。
女川は、愛媛の南予に似ています。
リアス式海岸の内海や西海のように、海岸にすぐ山が迫っていて、
わずかの平地に集落が点在しています。
津波に襲われた所には仮設は建てられないので、土地の確保が問題です。
山を削るか、土を盛るか、知恵者のおられる所ですから、色々なお知恵を出して頂いて、
早く仮設住宅を建ててゆっくり休んで頂きたいものです。

またボランティア活動の様子など、ご報告します。