ながえ孝子ブログ Blog

2010年02月02日 (火) 23:55

子育てへの『公助』

昨日の代表質問を聞いてて首をかしげたこと。

自民党の谷垣総裁は、
「子育てというものは、まず第一義に親が責任を持つ自助、
 そして共助、その後に公助がくるものだ。」
とし、子ども手当に疑問を呈したのです。
勿論、親の責任を否定するものではありませんが、
公助が足りないことが少子化の現状を生み出していることに、どう対処しようというのでしょう。

私は働きながら、二人の子どもを育ててきました。
今、二人とも成人しましたが、年子であったこと、
それから時間的に不規則な仕事ということもあって、泣きたい思いをたんと味わいました。
実際、トイレで泣きました。
<仕事が終わらず、保育園の迎えに遅れる>
<子どもが病気気味だけど仕事休めない>

自分で選んだ道だから、とにかく回りに迷惑かけんように頑張らないかん…
と思いつつ…考えたもんです。
「子どもは社会の宝、とかよういうけど、
 じゃあどうして、社会はこのしんどさを助けてくれないんだろう。」

かつての子育ては、一人母親が抱え込むものではありませんでした。
母ちゃんは炊事掃除洗濯の家事に大忙しで、
大家族のじいちゃんばあちゃんがその間面倒をみる、姉ちゃん兄ちゃんがいる、
近所のおばちゃんやおいちゃんがいる、皆がその子の育ちに関わる姿がありました。

しかし核家族化が進み、近所付き合いも希薄になった現代、
24時間、母の肩にずっしり子育ての責任がのしかかります。
肉体的・精神的・そして経済的に、今や子育てのリスクはあまりに高いのです。
女性たちは子どもを持つ高いハードルを前に、立ちすくんでしまうのです。
「一義に自助…まずは自分で頑張れ!そのうち応援してやるから」
などと言うエールでは、走りだせない。
そのハードルを社会の手助け、公助で少し下げなくては、子どもは決して増えはしません。
 
少子化の現状を本当に何とかしようと思ったら、希望を持って産み育てられるように、
経済的支援、そして保育園サービスの充実などの仕事と家庭生活の両立を支える仕組み、
この車の両輪を、『公助』として送らねばならないと思うのです。

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